利用者:FeZn

(14:54 2003年11月9日の版)

FeZn (フェズン, 生没年不詳)は、日本語版Wikipedian。どうやら#444である模様。食糧は編集者をやって調達しているようであるが、所詮は青二才である。

目次

Feは、Znは亜鉛

FeZnは本質的に「モノ書き」であるが、書くモノはだいたいにおいて以下の通りである。

また、以下のような属性と、それに基づく投稿傾向を持つ。

過去と未来

2003年
8月:Wikipediaに出会う。空手柔道に触れたり、稲垣足穂に行こうとしたところで、目の前に京極夏彦があったので加筆。そこからDTP関連の泥沼に嵌る。
9月、10月:書いたり、編集したり、稽古したり、忙しかったり。
11月、12月:一段落つけたら星の王子さまの方面に戻って行きたいところ。

備忘録

---- ''この記事は [[Wikipedia:完璧なスタブ記事|書きかけ]]です。この記事を[[Wikipedia:書きかけの記事の探し方、直し方|直して]]下さる協力者を求めています。''

百科事典と無機の王

いとうせいこうの作品に『ノーライフキング』という小説がある。(映画も作られているが、観る機会が無かった。)
(印刷があまり綺麗でなかった記憶があるが、おそらく今から思えば凸版で、版を重ねた為であろう)
『ライフキングの伝説IV』という一本のゲームタイトルが、少年達の世界に浸蝕してゆく。仮想現実現実を浸蝕する物語、というと通俗的に過ぎるだろうか。
終盤、世界が変わっていく中、一人の少年が自らを構成する要素を延々と書き連ねてゆく。○○○15%、□□□8%、◎◎◎5%…… 最初は親兄弟、友、学校などの一覧となる。それは当然といえば当然のこと
だがどこまで行っても完成しない。その総和は決して100に達することが無い。▽▽▽0.02%、☆☆☆0.006%、△△△0.0004%…… いつしか鉛筆の削り滓、道ばたの何かなど、他愛のない…としか思えないものとなり、それが続いてゆく。
完成しないことで崩落に対抗する。書き上がるまでは終わらないから。
その物語はありきたりのものであると思っていたのに、このくだりに衝撃を受けた。
……なぜこのようなことを書くか。それは同じ物をWikipediaに見るから。ある人間の投稿履歴(すなわち知識興味の対象)は、その人間を外部からかたちづくっている何かのようなものではないのか。
延々と(永遠に)積み上がっていく投稿履歴は、彼が書き綴っていた「己を構成するもの」の羅列に似て。
それは素晴らしいものであると同時に、自分というものを覗き込むにも似て、
背筋に寒気が走るような、何か。
そしてそれはおぞましさではなく、純然たる知的興奮も内包する。むしろそれのほうが大きく、だからこそややこしい。困惑させる。
おそらくは、これは新しい体験。